昭和44年8月4日 夜の御理解
                           中村良一


今日の、私の四時の御祈念の前に、久保山茂さんと、高橋さんが参りまして、十三日会の案内を出さなきゃならん、同時に、二十日の祈願祭の案内を、一緒に印刷してもらいますから、その案内の内容に書かせてもらう事を、どういう風に書かせて頂いたら良かろうかと言うて参りました。それで、そんなら、四時の御祈念に頂きましょうと。四時の御祈念をさせて頂くから、四時の御祈念に頂きましょうと言うて、私、御祈念に入りました。それで、まぁ色々な事は頂きませんけれども。心眼に、その事をお願いさせて貰いよりましたら、あの、ジャンケイポイですね。あの、グーチョキパーと言うのですよね。あれを頂くんですよ。それがあの、普通は、グーチョキパーと言うですけれども、初めに、はさみを頂く、ね。チョキです。そして、石を頂くんです。そしてあの、パーを頂くんです。それで、私、御祈念を終わらせて頂いてから、こういう事を頂いたから、それを文章にして、されたら良いでしょう。十三日会の、これは、案内の、まぁいわば、タイトルになるものだと。そして、祈願祭の案内は、もうただ、何時何時、何時から、二十日の何時から祈願祭が仕えられるという事を、簡単に記したもので良いでしょうという事を申したんですけれども。さぁその、グーチョキパーという事を、グーチョキパーち先生が頂きなさったから、グーチョキパーと書いただけではいけんから、その、どういう風に書いたら、色々、みなで練っておりましたけど、なかなか、良い思いつきが出来ませんでした。ほんなら、今夜の御祈念に、私が、その事について、御理解頂こうから、ほんなら、明日の朝にして下さいと言うて、まぁ今日は、されましたので、今晩のを、テープに入れてくれと、私が申した訳でございますけれども。
例えばね、一生懸命に働く、一生懸命に働いても、それが、次に、その働いた、例えば、金が貯まった。それを今度は、これだけ貯まったからと言うて、やれやれと言う、気を抜いて、それを使うてしもうたら、もう後は何にもない事になる。それこそ、パーである。ね。ですから、これではいけないから、例えば、この五十日間の信行期間が、日を追うて、あのように熱烈に、しかも、盛大になってまいりました。これはまぁ、大変に、私は有難いことだと思います。ね。大体、始めの間は多かったけど、段々、少なくなったというのが、普通ですけれども。ここの場合、段々、段々、日を追うに従って、あのようにその、人数の上におきましても、熱烈さの度合いも、段々、それに加えられて来たという感じであります。いうなら、一生懸命に働いた。それが、私は、チョキだとこう思う。ね。チョキと言うのは、いわば、チョキンチョキンと言うでしょう。ですから、貯金が出来たんだと、こう私は思うた。ね。ですから、やれやれ、五十日間の信行が終わった。やれやれと、こう気を抜いたらです。折角、五十日間、一生懸命働いて、それこそ、汗と油で貯め上げた、その信心をです。気を緩めて、ぱーっと使うてしもうたらです、ね。いわば、石という事は、この意思と、心に通じること、ね。意思が強いとか申しましょう。ね。意思が堅いとこう申しましょう。ね。それを、堅い意思を持ってです。私はその、貯め上げた、その修行によるところの貯金をです。どのように、それを凝視させて貰おうかと言うところにです。信心修行によって、得たところの信心をもって、これからの信心の生活の中にです。どのように生かしていくかという事を、練っていかなければならない。それを、十三日会で取り上げまして、それをテーマに、信心の練りあい、共励をしようではありませんかと言う案内にしなさいという事なのです。ね。ですから、もう二十日の大祭には、その、色々な事を書かなくてもです、ね。いわゆる、大祭を境に広げる。いわゆる、風呂敷です、ね。風呂敷を広げてです。それに、おかげを、お徳を頂いていくための大祭になる。五十日の信行期間によって、一生懸命働いた。貯まった。それを、ぱーっと使うのではなくて、堅い意思を持って、それを、いかに、どう凝視するかという事を練りあって、その練り合った、生粋の所を、二十日の大祭に持ち込もう。そして、大祭を境に、力を受けよう、おかげを受けよう。そこに、風呂敷という風にです。はさみ、そして石、そして、風呂敷と言うような順序で頂いたんだと、私は思うのです。だから、今晩、お話を申しております。その様な事を、私は、今度の十三日会の案内の内容に書いて頂いて、ね。そして、なるほど、それを十三日会に持ち込んで、十三日会で、それを練り上げて、その練り上げたものの生粋を、二十日の御大祭に持ち込んで行きたいという風に、神様は願うておってくださるのでございますから。そういう願いに応えての信心が、なされなければならんという事を思うのですよね。どうぞ。